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大阪地方裁判所 昭和43年(ワ)3468号 判決

原告 狩野万二

〈ほか一名〉

右原告ら訴訟代理人弁護士 草信英明

被告 森口史郎

〈ほか一名〉

右被告ら訴訟代理人弁護士 谷口茂高

主文

一、被告らは各自、

原告狩野万二に対し金一、二五三、四七〇円およびこれに対する昭和四三年六月二八日から右完済まで年五分の割合による金員、

原告会社に対し金一一一、三〇〇円およびこれに対する昭和四四年一〇月二日から右完済まで年五分の割合による金員

をそれぞれ支払え。

二、原告らのその余の各請求はいずれも棄却する。

三、訴訟費用は原告狩野万二と被告らとの間に生じたものは被告らの負担とし、原告会社との間に生じたものは一〇分して、その九を原告会社の、その余を被告の負担とする。

四、この判決は一項にかぎり仮に執行することができる。

五、ただし、被告らが原告狩野万二に対し各金八五万円の担保を供するときは、その者に対する右仮執行を免れることができる。

事実

第一、当事者の求めた裁判

一、原告

被告らは各自、

原告狩野に対し金一、三九七、四七〇円およびこれに対する昭和四三年六月二八日(訴状送達の翌日)から右完済まで年五分の割合による金員

原告会社に対し金一、二八一、七三三円および内金一、一七〇、四三〇円に対する昭和四三年六月二八日から、内金一一一、三〇〇円に対する昭和四四年一〇月二日から各完済まで年五分の割合による金員、

をそれぞれ支払え。

訴訟費用は被告らの負担とする。

との判決ならびに仮執行の宣言。

二、被告ら

原告らの各請求を棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

との判決。

第二、当事者の主張

一、原告、請求原因

(一)、本件事故発生

とき  昭和四三年一月二一日午後三時一五分ごろ

ところ 平塚市内、国道一号線駅入口交差点

事故車 普通貨物自動車(大阪一な、一四八三号)

運転者 被告 森口史郎

態様  原告狩野が普通乗用自動車(以下原告車という)を運転して、右交差点にさしかかり信号まちのため一時停車していたところへ、後方から運行してきた事故車に追突された。

受傷  原告は、むち打損傷をうけた。

(二)  帰責事由

1、被告史郎には、前方不注意、ないしは適当な車間距離を保持しなかった過失がある。すなわち原告車は交差点手前の横断歩道を通過して約三メートル進行したとき信号が赤に変ったので停止したのであるが、後続していた事故車は、信号を見落したか、車間距離を取っていなかったために、本件事故を惹起したのである。

2、被告森口幸四郎は事故車を所有しこれを自己のための運行の用に供していた。被告史郎は、被告幸四郎に雇われ、その業務執行中に本件事故を惹起した。

3、よって、被告史郎は民法七〇九条により、被告幸四郎は自賠法三条および民法七一五条により、それぞれ本件事故から生じた原告らの損害を賠償する責任がある。

(三)  損害

(原告狩野の分)

原告狩野は、本件事故による受傷のため昭和四三年一月二二日東京歯科大学市川病院に入院し、同年二月一七日退院し、その後退院して治療をうけた。

1、療養関係費 金三二八、九三八円

入院治療費  金二二一、七一五円

通院治療費  金 二七、三二三円

(昭和四三年二月二〇日から同年一二月二二日までの分)

コルセット代金  三、三〇〇円

入院雑費  金  五、〇〇〇円

付添費   金 五四、〇〇〇円

通院交通費 金 一七、六〇〇円

2、逸失利益 金五六七、〇三二円

原告狩野は、原告会社の代表取締役として一か月平均手取り金一四一、七五八円の給与をうけていたが、前記受傷により、出勤できなかったので昭和四三年二月から同年五月分までの四か月間合計金五六七、〇三二円の給与をうけず、同額の損害を被った。

3、眼鏡修理費 金 一、五〇〇円

4、慰藉料   金   五〇万円

原告の前記受傷、いまだに頭痛がしている状態についての肉体上、精神的苦痛に対する損害として金五〇万円が相当である。

(原告会社分)

1、原告会社は、従業員男六名、女五名を雇い各種衣料生地、呉服、衣料品、小間物雑貨の販売業を営んでいる者であるが、実際は原告会社代表者である原告狩野の個人企業で、同人が仕入から販売まで独裁していたところ、同人が前記受傷により営業に従事できなかったため、原告会社には左記のとおり利益の減少、損失が生じた。

一般に昭和四三年度は、昭和四二年度に比して売上額が上昇しているのに、原告会社の売上高は昭和四二年同月分に比較して次のとおり減少した。

昭和四三年一月 金 一、〇六七、〇三一円

同    二月 金 二、一六七、八四六円

(原告会社分)

1、原告会社は、従業員男六名、女五名を雇い各種衣料生地、呉服、衣料品、小間物雑貨の販売業を営んでいる者であるが、実際は原告会社代表者である原告狩野の個人企業で、同人が仕入から販売まで独裁していたところ、同人が前記受傷により営業に従事できなかったため、原告会社には左記のとおりの利益の減少、損失が生じた。

一般に昭和四三年度は、昭和四二年度に比して売上額が上昇しているのに、原告会社の売上高は昭和四二年同月分に比較して次のとおり減少した。

昭和四三年一月 金 一、〇六七、〇三一円

同    二月 金 二、一六七、八四六円

同    三月 金 一、一五五、七五〇円

同    四月 金   一三六、六九一円

同    五月 金   八三五、八九八円

右金額から原価、税を控除したものが所得となるから、その金額は、

同年 一月 金 一六五、三七九円

二月 金 三六三、六一二円

三月 金 一七九、一七〇円

四月 金  二一、二二三円

五月 金 一二九、六九五円

となり、これだけ得べかりし所得が失った。

また同年二月原価三、〇七四、三五一円の商品を二、一九五、九六五円で販売しているため、その差額八七八、三八六円の損失が生じた。

従って、原告会社は原告狩野が仕事をできなかったことにより、右合計一、七三七、四六五円から同原告の給与分を差し引いた金一、一七〇、四三三円の損害を生じた。

2、原告車の修理費 金 一一一、三〇〇円

本件事故により原告会社所有の原告車後部が破損し、その修理を訴外株式会社市川モータースに依頼し、修理費として金一三一、三〇〇円を請求され、内被告史郎が金三万円を支払ったので、その残金が原告会社に生じた損害である。

(四)  よって原告らは、被告らに対して第一の一記載のとおりの金員および遅延損害金の支払を求める。

二、被告ら

(一)  請求原因に対する答弁

本件事故発生は、態様、受傷を争うほか認める。ただし事故車が原告車に追突したことは認める。

帰責事由は、1は否認する。このうち被告幸四郎が事故車の所有者であることは認める。

損害はすべて争う。

ことに原告は、運転中に安全ベルト、安全枕をしており、事故後痛みを訴えず、最寄の病院で診断をうけた際にも異常はなかった。

(二)  過失相殺

本件事故現場は、信号の設置してある交差点であって、被告史郎は原告車に追従して同一方向に進行して、右交差点にさしかかったものであるが、原告狩野は青信号により交差点に進入した後に黄色に変ったのであるから、速かに進行し交差点外に出なければならないのに、交差点に急停車したため、これを目撃した被告史郎も急停車の措置を講じて急停車したがスリップして原告車に追突したその衝撃は軽微であった。原告車は信号を発進することなく、直進するごとく交差点に進入したのであって、被告史郎は原告車が交差点を通過するものと思い、これに追従していたのであり、その結果発生した事故であるから原告狩野の運転方法に過失がある。

第三、証拠≪省略≫

理由

一、本件事故発生中、原告主張の時、所において被告史郎運転の事故車が原告狩野運転の原告車に追突したことは当事者間に争いがない。≪証拠省略≫によると、原告車が東から西へ進行し交差点東側の横断歩道を越えて交差点内に数メートル入って信号まちすべく一時停車したところへ、後方から進行してきた事故車が追突し、そのため原告はむち打ち損傷の傷害をうけたことが認められる。

二、被告史郎の責任

≪証拠省略≫によると、

本件事故の現場は、平塚郵便局前の交差点内であって、信号機が設置され作動しており、見とおしも良い所で、事故当時、アスファルト舗装の路面は乾燥しており、また交通量はそれ程多くなく普通であったこと、原告狩野は、原告車を時速約三五キロメートルで進行させ、交差点東側の横断歩道にさしかかった際、前方の信号が黄色であったので、横断歩道を超え交差点内に車体後部が約五メートル弱、進入して信号まちのため停止したこと、被告史郎は先行する原告車とほぼ同速度で進行していて、車間距離約五メートルを取っていたが、原告車がそのまま交差点内を進行するものと思っていたため、その停止したのを認めて、すぐ急制動したが及ばす、追突し原告車を約二メートル前方へ押し出したこと、

がそれぞれ認められる。前掲証拠中右認定に反する点は、措信せず、他に右認定を動かしうる証拠はない。

右認定事実によると、原告狩野は横断歩道を超えて交差点内に入って一時停止しているが、交差点においてかような停止方法をとる車輛をまま見られるところであり、信号が黄色を示めしている以上かような慎重運転をする運転者も多い。であるから、事故車運転の被告史郎は、絶えず先行車の動静に注意したとえ先行車が急停車しても、これに応じて急停車ないしは転地して追突を避けられるよう車間距離を取って運転すべき義務がある。しかるに、被告史郎は、まだ黄信号だから先行車もそのまま進行するものと速断して、原告車の動静に十分注意せず、しかも十分車間距離を取っていなかったために本件事故を惹起したのであるから、前方不注意、適当な車間距離不保持の過失があることは明らかである。従って被告史郎には民法七〇九条により右事故から生じた原告らの損害を賠償する責任がある。

三、被告幸四郎の責任

被告幸四郎が事故車の所有者であることは当事者間に争いがなく、≪証拠省略≫によると、被告史郎は、本件事故当時、被告幸四郎に自動車運転手として雇われ月額三五、〇〇〇円の給与をうけていたこと、事故当日被告幸四郎も事故車に同乗し、その仕事として東京から鋼管四トンを積んで帰りに本件事故を惹起したことが認められる。

そうすると、被告幸四郎は事故車を自己の業務のために運行の用に供しており、被告史郎は、被告幸四郎の被傭者で、その業務執行中に本件事故を惹起しているので、被告幸四郎が自賠法三条、民法七一五条により右事故から生じた原告らの損害を賠償する責任がある。

四、損害

≪証拠省略≫によると、原告狩野は本件事故による受傷により、昭和四三年一月二二日から同年二月一七日まで千葉県市川市の東京歯科大学市川病院に入院し、さらに同年五月三〇日まで約二〇回位同病院に通院して治療をうけたこと、その症状は通院時ごろ頂部痛、背部重圧感の訴えがあるのみで後遺症については明らかでなく、脳液検査等はうけていないことが認められる。

(原告狩野分)

1、療養関係費 合計金 二八四、九三八円

入、通院治療費 金 二四九、〇三八円

(昭和四三年三月二二日までの通院費、≪証拠省略≫)

コルセット代  金   三、三〇〇円(≪証拠省略≫)

入院雑費    金   五、〇〇〇円

原告が、前記のとおり二七日間入院した期間少くとも一日二〇〇円の入院雑費を要することは公知の事実であるから、その請求する範囲でこれを認める。

付添費     金      一万円

原告は、入院五日目までは絶対安静を求められ、その後は多少動いてもよく、付添は医師から指示されていたものでないが、親戚の小林戻子に依頼し、入院期間中付添わせ、同女に一日二、〇〇〇円の割合で金五四、〇〇〇円を支払った。(≪証拠省略≫)

しかし当時職業的付添費でも一日二、〇〇〇円を要せず、また付添期間も特に症状から必要不可欠でなく長くても一〇日間で十分と考えられるので、一日一、〇〇〇円として一〇日間の金一万円をもって相当な損害と認める。

通院交通費 金 一七、六〇〇円

原告が自宅から前記病院まで片道タクシー一回分四四〇円を要し、二〇往復した損害(≪証拠省略≫)

2、逸失利益 金 五六七、〇三二円

≪証拠省略≫によると、原告狩野は原告会社の社長で税込月額一八万円、手取り金一四万程の給与をうけていたが、本件事故による休んでいた間昭和四三年二月から六月まで右給与をうけなかったことが、認められる。

そうすると 原告狩野が正確には一か月金一四一、七五八円の手取りの給与をうけていたものと認められ 右休職期間内の二月から五月分まで四か月間の休業損は金五六七、〇三二円となるから、これが原告狩野の損害であることは明らかである。

3、眼鏡代  金   一、五〇〇円(≪証拠省略≫)

4、慰藉料  金     四〇万円

原告狩野の前記受傷、治療経過、事故の態様その他後記原告会社の事情等諸般の事情を考慮すると、原告の肉体的、精神的苦痛に対する損害として金四〇万円が相当と認める。ただし、≪証拠省略≫によると、原告狩野は昭和四三年一一月一〇日から同年一二月一八日まで内分泌神経症で慶応病院に入院しているが 本件事故と因果関係があると認めうる証拠がないから斟酌しない。

(原告会社分)

1、逸失利益

≪証拠判断省略≫≪証拠省略≫を総合すると次の事実が認められる。

原告会社は、昭和二三年合資会社、昭和三七年株式会社となった原告狩野の個人会社で、役員となっているのは、同人の妻狩野恵美子、息子の狩野武男(専務取締役)一一年勤続の従業員小林三男、親戚の武田正盛、会社顧問の税理士佐々木孝の兄佐々木次郎で株主も全部知人で配当はしたことがない。原告会社は呉服小間物商で、従業員は八名で、商品の仕入価、仕入先は原告狩野が定め、同人に差支えがあれば狩野武男が定めていたが資金繰りその他重要なことは原告狩野がしていた。原告会社では昭和四三年初期は前年に比して売上が減少し、特に同年二月支払手形の決済をするため現金回収の必要性上商品大量を仕入価格を下回る廉価で売りさばき相手の損害を出した。原告会社の競争相手は百貨店であるが、同社の所在地の船橋市商工会議所の昭和四三年商業統計上、市内の小売業、織物、衣服、身回り品の売上は昭和四一年度に比して二、一二四%の増加を示している。原告会社は、昭和四一年度所得申告は金二、四〇三、九五九円であり 昭和四二年度は金六、三一五、二五五円となっている。右認定に反する証拠はない。

ところで甲一一号証は、前記佐々木税理士が作成した昭和四二年と同四三年の一月から五月までの売上等の対照表であるが、原告会社はその基礎となる伝票帳簿、あるいは月年毎の損益計算書の提出なく、あるいはそれらを基礎に公認会計士等公正な立場の者の監査もなくそれが粉飾のない正確な記載であることを裏付られないからその数値を直ちに信用することはできない。右認定事実によると、原告狩野が休職中、原告会社の売上が何程減少したかは不明であるが、売上の減少は同人の休職のみが要因であるのか、その他競争相手、需要関係等の経済的な諸々の問題があるのではないか、また大量の商品を仕入値以下で売ったのは、原告狩野の休職と因果関係がどの程度あるかも明らかでなく、その原因はすでに同人が休職前に生じていたのでないかとそれぞれ疑問がもたれる。しかも原告会社は昭和四一年度と昭和四二年度とでは所得申告に非常に差が(後者は前者の約二、六位)あり、後者は何か特別事情があるのではないか、飛躍した金額でもって昭和四三年度と比較するのが適当か、著しく不明な点多く、また船橋市内の小売商一般が売上上昇しているから原告会社も同様であるとは必ずしもいえず、これらの諸点から原告会社の逸失利益はいまだ認めるにたりる証拠がないものといわねばならない。ただ原告狩野の個人会社である原告会社が、原告の入院中その営業活動に相当影響した点は十分考えられるので、これを原告狩野の慰藉料算定につき考慮することにした。

2、原告車の修理費残金一一一、三〇〇円

≪証拠省略≫によると、原告会社所有の原告車は右後部フェンダー、同尾灯、トランクカバー、後部バンバーが破損しその修理を市川モータースに依頼し、修理費一三一、三〇〇円を要しそのうち金二万円を被告史郎が支払ったことが認められる。従って、原告会社は修理費残金一一一、三〇〇円の損害を被っている。

五、過失相殺

前記二に認定した事実によると、本件事故発生について原告狩野には過失がなく、被告史郎の一方的過失と認められるので、過失相殺すべき理由がない。

第六、結論

よって、被告らは各自原告狩野に対し金一、二五三、四七〇円およびこれに対する昭和四三年六月二八日(訴状送達の翌日)から右完済まで、原告会社に対し、金一一一、三〇〇円およびこれに対する昭和四四年一〇月二日から右完済までそれぞれ民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払わねばならない。原告らの本訴請求を右限度において認容し、その余を失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条、九三条、仮執行および同免脱の宣言につき同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 藤本清)

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